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dangkangの日記

主に日常,たまに研究と仕事について

「マチネの終わりに」の終わりに

 平野啓一郎さんの最新作の「マチネの終わりに」を読みおえた。普段、本を読んだあと、要約や注釈をまとめることはあっても、エッセイのようなものは書いたことがないが、今回はいささか考えることもあり書いてみようと思った次第。

マチネの終わりに

マチネの終わりに

 

 

このエッセイはあくまで僕個人の話である。他の誰がか、僕と世代の違う、平野さんとも世代の違う、性別も違う誰かが読んだ時、同じ感想を抱くかとうかはわからない。少なくとも村上春樹の本を読んでも僕はこんな状態にはならないし、作家との距離感はひとそれぞれだ。

僕がその著者の作品すべてを読破している作家は2人いて、1人は、平野さん、もう1人は、阿部和重さんだ。2人ともスタイルは違うし、作品の発表ペースも違うが、長年愛読している。なぜこの2人かというと、世代が近いということもあるが、初期の頃からリアルタイムで追えていること、作品の重厚さが好みであることといったところだろう。

まずは、物語のあらすじを紹介しておこう。

天才ギタリストの蒔野(38)と通信社記者の洋子(40)。
深く愛し合いながら一緒になることが許されない二人が、再び巡り逢う日はやってくるのか――。

出会った瞬間から強く惹かれ合った蒔野と洋子。しかし、洋子には婚約者がいた。
スランプに陥りもがく蒔野。人知れず体の不調に苦しむ洋子。
やがて、蒔野と洋子の間にすれ違いが生じ、ついに二人の関係は途絶えてしまうが……。
芥川賞作家が贈る、至高の恋愛小説。

 

冒頭、この物語は実際の話をベースに書かれたと書いてある。それがいったい実際の誰のことなのか。検索すれば何かがわかるかもしれない。物語を読み終わるまでは、何かを知ってしまうこと、それによって起こる感情にある種の恐れをいだき、それをすることはなかったし。読了した今もまだしていない。できれば、平野さんに直接聞いてみたい。

実は一度だけ平野さんと話をさせていただく機会があった。2014年、ある小さなセミナーのあと、他の参加者の1人として長い列に控えめにならび、機会を待った。偶然訪れたその機会に対して、10年以上読み続け、考えていたことを整然とまとめ上げあげることができないほど時間の余裕はなく、本来伝えたかったことの半分も伝えられなかったことは今も覚えている。

さて、「マチネの終わりに」を読みはじめた途端、早速、物語の世界感にどっぷりと浸かってしまった。この感覚は実に久しぶりの感覚だ。そこまでシンクロした理由はよくわからない。主人公は物語の冒頭では38歳(物語は4年に渡って続く)、相手の女性も40歳だ。職業はピアニストで、女性はジャーナリストである。どうやら、共通点はない。

本を読み進めるていくなかで、このまま物語の最後まで一気に読み切りたい、と思うことがある。この感覚は、若い頃に比べると、めったに起きなくなった。普段は研究や仕事に関係する専門書が読書時間の大半であるし、小説はと言えば、飛行機、電車、あるいは、風呂の中で読む。いわば、隙間時間に読むのが常だ。ところが、久々にこの読書と日常の態度が逆転してしまい、ほぼ2晩でこの本を読み終えた。

続きを読みたいという感情を抱けない作品は、多くの場合、途中で放り出してしまう。ところが、彼の作品はそういったところがない。最後まで飽きさせない。次はどうなるんだろう、あとこれだけしかページ数が残っていないのにどうなるんだろう(この感覚は紙の本にしかないので、小説は紙で読むのが好きだ)、といった感情が次々に湧いてくる。

僕はほとんど映画は見ない。好きな小説や漫画が映画化されても見ることはない。フォーマットが異なるものを比較すること自体が、なんだかおかしな話だし、見てしまっては必ず比較してしまうためだ。とはいえ脳内で映像化はしてしまう。例えば、登場人物は、ある時は芸能人、ある時は知人に置き換えられてしまう。

映画と映像は違う。彼の作品はなんというか映画的ではなく、映像的なんだろう。登場人物の紡ぐ物語を特等席で見させてもらってる感覚だ。息遣いが聞こえるほどに描写がリアルであるし、流れるようにイメージが頭に入りこんでくる。その流れの中で、いくつかその流れを止めてまで、現実世界に戻り、何らかの感情を言葉にしなければならないほどのシーンがあった。それは非常に巧妙に物語の中に織り込まれていた。

「過去は書き換えられる」
「この素晴らしき世界に」
「マチネの終わりに」

彼の作品の終わり方には、一種の独特の歯切れ感、いわば、鋭利な刃物で一瞬で切断されたような感覚が残る。それは切られたことにも気づかないくらい鮮やかな切り口だ。切り口の後には、ある種の切なさが残る。そして、物語に登場する、リルケの詩集を買った。

 

そんな感じでごきげんよう。